商品::せえくろ餅::つばや菓子舗

つばや菓子舗

猿蓑もなか 背黒餅でおなじみの

伊賀流忍者餅 背黒2017年春!
伊賀流忍者餅 背黒(せえくろ)が誕生いたしました。

★伊賀銘菓「背黒(せえくろ)餅」★
昔々、伊賀ノ國山田郷平田宿では、背を黒く焦がし働く百姓は「健康の証し」と、その姿にご利益を求め『背黒(せえくろ)餅』を作るようになりました。

★忍者の里:伊賀★
忍者は忍者であることを名乗って、忍者らしい服装で生活していたのではなく、人知れず一般人にまぎれて伊賀ノ國で生活していました。彼らは、百姓や職人、商人、武士として里に町で普通に暮らしていました。忍者の里:伊賀ノ國山田郷平田宿にある「つばや菓子舗」の周辺半径4km以内には、百地三太夫や山田八右衛門の他、最後の忍者と言われている澤村甚三郎保祐など、有名な忍者達が生活していました。そんな忍者たちは普段の暮らしのなかで、きっと「背黒餅」を食べていたのでしょう。

★忍者の携帯食『兵粮丸(ひょうろうがん)』★
伊賀上忍の藤林長門守が、名軍師:山本勘助に話した内容を書き記した「老談集」という忍術秘伝書があります。ここに忍者が携行した『兵粮丸(ひょうろうがん)』が登場します。忍者は草木など自然に存在する物が持つ薬の力を熟知していました。そんな忍者が作り出す『兵粮丸』は、様々な効果を期待して生薬が配合されていました。

実はこの兵粮丸には色んなバージョンがあったりします。
ゴマ団子バージョンもあります。
当店が参考にした藤林長門守が伝えたという兵粮丸も、二通りの配合が存在しているようです。この配合の違いは「単なる配合単位の写し間違い」。これが伝承された古文書で発生しているようで、間違ってしまったレシピは砂糖の量が過激なほどに多すぎて、そのままでは、まともな形ができないのです。

★『兵粮丸』は生薬配合の勝負食★
砂糖や米粉、餅粉、蓮肉(蓮の実)、山薬(長芋)、朝鮮人参は、空腹時や疲労時の対策として「滋養強壮」や「疲労回復」「整腸作用」。ヨクイニン(ハトムギ)は野外で活動する忍者の皮膚疾患などに備えて。蓮肉(蓮の実)、桂心(シナモン)は「鎮静・緊張緩和」。朝鮮人参は、新陳代謝を盛んにしたり、中枢神経を興奮させたり、免疫機能を増強したり、人体の適応能力を高めたりする効果が期待される生薬です。このように忍者は生死を分ける任務のような極限状態においても冷静沈着に最善を尽くすことができるように、『兵粮丸』を考案し、大切な任務の前に食べていたのだと考えられています。言い換えれば『兵粮丸』は、必勝・勝負食だったのでしょう。

★上忍:藤林家末裔が作る『兵粮丸』★
この『兵粮丸』を現代に再現し、製造販売しているのが、伊賀忍者の上忍:藤林長門守の末裔「忍法帖料理 藤一水」さん。※http://www.fujiissui.com/
「藤一水」さんに『兵粮丸』の製法を教えていただいたところ、『兵粮丸』はお団子で、その主成分は、当店が製造している「背黒餅」の生地と同じで、そこに生薬成分が追加されたもののようでした。

★背黒餅『兵粮丸味』誕生★
主成分=砂糖※、米粉、餅粉 が「背黒餅」と同じ『兵粮丸』。
「藤一水」さん監修のもと、その『兵粮丸』の材料配合を見直し、製法を工夫することで、現代人も美味しいと感じられる風味豊かな【伊賀流忍者餅 背黒:兵粮丸味】が完成しました。是非、伊賀流忍者たちが食べていた味を感じてください。

※古文書には氷砂糖と記述されていますが、戦国時代~江戸時代に現代の氷砂糖が簡単に入手できたかどうか?黒糖の塊を氷砂糖と表現したのではないだろうか?また、白「竹冠に朗」丸という記述も見受けられるが、おそらくこれも白蝋の写し間違いであろう。

原材料:砂糖,小豆(北海道産),米粉(伊賀産),餅粉(伊賀産),水飴,蓮の実,山芋,ニッキ,ハトムギ,麦芽糖,オリゴ糖,朝鮮人参,(添加物:トレハロース)

| 商品::せえくろ餅 |
| 02:21 PM | comments (0) | trackback (0) |

背黒(せえくろ)餅は伊賀で一番伝統ある御菓子かも!?
第19回全国菓子大博覧会「菓子産業大賞」受賞
背黒(せえくろ)餅
産業振興センター・アニーズ/オオクワ新堂店/伊賀風土FOODマーケットで販売しているものは当店の製品ではありません。類似品にご注意ください。
当店から南東に300mほどの場所にある植木神社祇園祭にかかせない夏バテ予防の「土用餅」が「背黒(せえくろ)餅」です。
(背が黒い餅=背黒餅=伊賀弁で→せいくろ餅→せえくろ餅)

諸説入り乱れる伊賀市旧大山田村(山田地区)の植木神社(伊賀市平田)祇園祭の由来は、貞観11年(896年)に始まったとされる説もあったり、寛弘(1104年)村人が播磨国広峰山より午頭天皇を迎えて蔓延していた疫病の退散を祈ったことに始まるものだとも言われており、「せえくろ餅」もこの祇園祭と共に歩んで来ています。背黒(せえくろ)餅の発祥の記録が現存していないものの、伊賀で一番古くから伝えられている郷土菓子だと推測されています。

当店がある伊賀市平田は、その昔、伊賀街道の平田宿として栄えていました。 平田宿には近年まで和菓子屋が3軒あり、各お店で「背黒(せえくろ)餅」を製造していました。しかし、今では当店だけが平田宿で「背黒(せえくろ)餅」を製造し続けています。

背黒(せえくろ)餅の由来は・・・
古代、疫病、水難、冷害にて作りと作る物皆不作となり農民の生活が非常に苦しくなったその時、農民即ち氏子の者共が相計りここで皆がくじけてはいけないと皆が体を陽に焼いて体をきたえ一生懸命頑張ろうと神に祈ったのである。そうすると翌年からは豊作続きとなり豊かな暮らしが出来るようになりました。
そこで植木神社(植木牛頭天王)の氏子が餅を細長く作り、それを人の体にたとえ、背を黒く焦がした(焼く)餅を作り毎年神に供え感謝してきています

ということで、植木神社の氏子が植木神社の祇園祭に土用餅として奉納している背が黒く焼かれた餅が正統な「背黒(せえくろ)餅」で、我が家は先祖代々「植木神社」の氏子で、毎年植木神社の祇園祭に「背黒(せえくろ)餅」を奉納しております。
材料:砂糖(国産)、北海道産小豆生餡、米、餅、オリゴ糖、麦芽糖、水飴/トレハロース(同一ラインで小麦粉使用)

大山田:植木神社祇園祭名物の「背黒(せえくろ)餅」が、伊賀市内のスーパーなどで販売されているようですが、当店のものと比べ原材料や製法が全く違う類似品のようです。 つばやの「背黒(せえくろ)餅」をお求めの際には、表示シールにつばや菓子舗製造になっているかをお確かめのうえでご購入ください。
背黒(せえくろ)餅販売場所・・・
つばや菓子舗(伊賀市平田)、 ひぞっこ(JA直売所) 、マックスバリュ上野店、マックスバリュ上野小田店、マックスバリュ佐那具店、イオン伊賀上野店 (※西町や かかん さるびの温泉 :現在お休み中)

「背黒(せえくろ)餅」 こぼれ話。
平田宿で昭和12年生まれのA.M.さん曰く、「私が物心ついた頃の話やけど、明治生まれのお婆さんに『火箸を炭で赤くなるまで焼いたもので、餅の背中だけ焼くんやで』と背黒餅の作り方を家で教えてもらったんです。祇園祭にあわせて家で作った背黒を親戚に配って食べてもらったいたんです。」
「私が平田宿にお嫁に来たら、姑さんやお婆さんに背黒の作り方を教えてもらって家で作っていましたよ」と、N.F.さん。

新型コロナ退散蘇民将来パッケージ
疫病退散祈願パッケージは2021年7月1日に復活予定でしたが、2020年11月24日から復活。
新型コロナウイルス第三波・・・・家庭に持ち込まない!人にうつさない!頑張りましょう!
| 商品::せえくろ餅 |
| 04:25 AM | comments (4) | trackback (0) |

コメント一覧

五代目 | EMAIL | URL | 2009/07/29 03:11 PM | /57SqjpQ |
kasumi | EMAIL | URL | 2009/07/29 01:21 PM | XK3qhA0I |
五代目 | EMAIL | URL | 2009/07/26 11:15 AM | /57SqjpQ |
kasumi | EMAIL | URL | 2009/07/25 12:48 AM | XK3qhA0I |