快慶が作った大仏があるんです::つばや菓子舗

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五宝山新大仏寺
つばや菓子舗から東へ国道163号線をしばらく行くと左手の山沿いに「阿波の俊乗(しゅんじょう)さん」と呼ばれる「五宝山新大仏寺」があります。
このお寺、700年の歴史を持つ名刹で、かつては「雨乞い」で名高い寺でした。

当時、伊勢・伊賀を統治していた藤堂藩以外からの希望も多く、天保年間に「他国からの雨乞いは祈願は藩に届け出て許可を得るように」と通達が出たとの記録がある。

雨乞いの御利益の由来の1つとして伝わる話で、 昔、娘に化けた竜が、天に帰らせてくれれば必要なときに雨を降らせるから天に帰るのを手伝って欲しいと僧侶に頼んだ。そこで僧侶が詠んでやったところ、みごと娘は竜になり天に帰ることができた。以来、この地方は水に困ることが無くなった」と云われている。


俊乗坊重源

この時の僧侶こそが源平の合戦で焼け落ちた奈良「東大寺」再建のために力をつくし、この地に新大仏寺を開いた「俊乗坊重源(しゅんじょうぼうちょうげん)」上人なのだという。 


なぜ、東大寺のために奔走した重源上人が大山田村に新大仏寺を開いたか?それは木材と言うキーワードに行き着く。

 治承4年(1180年)、平重衡(たいらのしげひら)によって奈良「東大寺」・「興福寺」は焼け落ちた。平家滅亡のあと権力を握った源頼朝(みなもとのよりとも)はさっそく東大寺の再建事業にとりかかり、その責任者となったのが「俊乗坊重源」であった。

重源上人は全国を巡り、再建のための資材と資金、人力を集めた。
その当時、伊賀地方にあった東大寺の杣山(そまやま:寺家が木材を得るための植林地)から大仏殿建立用材を得るために開設された伊賀別所が新大仏寺の始まりだと言われている。

伊賀地方は京都・奈良まで川(服部川→木津川)を利用して用材を運ぶ事が出来たため、この地方では古くから多くの木材が伐採されていたのである。


毘櫨舎那如来坐像
そして、重源上人は東大寺の再建とともに、その縁の地である高野山などに念仏道場として7つの別所を創設した。この中に伊賀別所も含まれていたが、この別所の他と違っているところは、まず、「大仏」という号が与えられていることであり、重源上人が記した「作善集(さぜんしゅう)」の伊賀別所の項を見ると、創建当時の新大仏寺の本尊は、東大寺の仁王像の作者でもある鎌倉時代の彫刻界の巨匠「快慶(かいけい)」の手による、丈六(1丈6尺:約5メートル)の木造数寄屋造りの阿弥陀・観音・勢至(せいし)の三尊立像であり、なおかつ、その建築に石造技術が多く取り入れられ、寺の建物は岩山を切り開いた場所に建てられ、本堂の土台石と仏壇の台座石はその岩盤から彫り出したものであった。


新大仏寺は、東大寺の3分の1の寺領を有する格式の高さを誇ったものの、後には衰退し、貞享5年(1688年)正月に隣町の上野町(現在の伊賀市)出身の「松尾芭蕉」が訪れたときには、本尊さえもが頭部を残すのみで朽ち果て、見る影もなく荒廃していた。
芭蕉は重源上人の志が虚しくなってしまったことを悲しみ、

「丈六(じょうろく)に陽炎(かげろう)高し石の上」と言う句を詠んだ。
(この句碑が現在境内にある)

陶蛍和尚
その後、享保12年(1727年)、三重県一志郡出身の陶蛍(とうけい)和尚が住民達の新大仏寺再建の願望に答え、自ら托鉢に奔走して工事に着工した。

 まず、本尊は残されていた頭部を生かし、仏師「祐慶(ゆうけい)」の手によって「毘櫨舎那如来坐像(びるしゃなにょらいざぞう)に彫刻された。

しかし、本堂の修復は思うように進まず、そのうちに陶蛍和尚は寺を去る。そしてその後を陶蛍和尚の兄弟子にあたる宝梁律師(ほうりょうりっし)が継ぎ、陶蛍和尚が着手して以来10年以上の年月の末に「新大仏寺」は復興したのである。



板彫五輪塔
そして現在、重要文化財に指定された本尊の大仏様をはじめ、重源上人座像など、数々の文化財が残されている。
さらに本尊の大仏様は昭和53年(1978年)に京都の美術院で金箔を塗り直し往事の輝きを蘇らせた。


また、旧大山田は「東大寺サミット」に参加しています。
東大寺サミットは東大寺の造営や再建などにかかわった材料の産出地や人材の出身地など東大寺にゆかりの深い市町村が集まり、友好と連帯を深めるとともに、歴史・文化遺産の保護、それを活用した魅力ある個性豊かな地域づくりを進めることを目的としたサミットで、全国15市町村が集い平成2年(1990年)から毎年1回行われている。
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| 01:08 PM | comments (0) | trackback (0) |

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